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極める者の姿勢


とあるお鮨屋さんに行った

値段が全てではないが二人で¥56,000の所

一流と思う

出てくるものすべてが旨い

手が込んでいる

普通に鮨を出さない

ほんの少しでも必ず工夫が加えられている

見事な塩梅のアレンジ

アレンジし過ぎず しなさ過ぎず


腕、技術や発想を磨く過程では研究が必要と私は思う

普通に常識通り作っていたらこんなアレンジは思い付かない


だから聞いた

大将はこのお鮨に辿り着くまでに沢山の研究をしてると思うのですが

他の色々なお寿司屋さんを周ったりしているのですか?と


答えはノーだった

理由は「参考にならないから」とのことだった


つまり全ての発想は他者が産んだ料理からではない

自らが考え抜いて出した答えということ


まず作品の土台は他者の真似をする

そのうえでそれよりも良いものを作る

こういうクリエイトを我々はしたがるが、どうだろう…そろそろやめてみないか?


◯◯メーカのヒット作のサウンドを真似する

ちょっと違う低音にしてみる

同じ様なシチュエーションで同じ様なクジ振りで

もう二番煎じもいいところだ

そんな二番煎じを誰が喜ぶ?

誰が衝撃を受ける?


真の感動は過去に前例がないから得られるのではないか?

既に知ってるものを形を変えても、あーはいはいこれね としかならないだろう

心は動かない


真似する側

真似される側


後者は誰かの真似をしていないから真似をされている

真似される者はオンリー1だ

自らの道の一番先頭を独走できる

敵などいないよな その道は

闘う相手は己のみ


なんか かっこ良くない?こういうの

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